名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3191号 判決 1970年7月13日
原告
内藤達也
代理人
安藤巌
外五名
被告
王子製紙春日井新労働組合
代理人
福永滋
外一名
主文
一、原告の本件各確認の訴はいずれも却下する。
二、被告は原告に対し金一万円を支払え。
三、原告のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
事実
一、当事者双方の求めた裁判
(一) 原告
1 主位的請求
被告が原告に対してなした昭和四三年八月二日付の権利停止の意思表示は無効であることを確認する。
被告は原告に対し金一〇万円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
2 主位的請求第一項の予備的請求
原告は被告との間において、昭和四三年八月二日付の権利停止処分により権利停止となつたものでない被告の組合員としての地位を有することを確認する。
との判決
(二) 被告
1 本案前の裁判
主位的請求第一項の請求および予備的請求につき、主文第一項同旨の判決
2 本案の裁判
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
二、当事者双方の主張<以下省略>
理由
一、先づ職権を以つて本訴の適否につき判断する。
(一) 裁判権について
一般に組織団体はその構成員に対しその目的に即して合理的な範囲内での統制権を有するのが通例であるが、憲法上団結権を保障されている労働組合においては右団結権保障の効果としてその目的を達成するため必要であり、且つ合理的な範囲内においてその組合員に対し統制権を有すると解すべきである。そして労働組合の存在と活動は自主性と強い団結を実質的基盤として営まれるものであることと、法は労働組合が民主的に運営されるべく配慮して内部規律が適正になさるべく期していることを考えあわせると、労働組合のかかる内部関係に対してはなるべく外部から干渉を及ぼさないようにすることが団結権保障にも適うものと解される。
従つて労働組合がその自主的判断において団結維持のため組合員に対し懲戒した場合にもその判断の適否は原則的には組合内部で自律的に審査や修正がなさるべきであることは被告主張のとおりである。
しかし他方組合員が労働組合内部で組合活動に参加しうる地位も団結権によつて保障されているのであるから、かかる地位も私権として保護されるべきことは当然であり前記労働組合の内部統制作用の行使が組合員の団結権を侵害するに至つたと認められるときは、それは内部規律権の範囲をこえたものとして違法となりその効果は司法作用によつて排除せられるべきである。
この見地からすれば本件権利停止処分の適否は組合員の団結権侵害に直接かかわる問題であることは明らかであるから司法審査の対象となることは明白でありこれに反する被告の主張は採用できない。
(二) 本件確認の訴の適否について
原告が被告に所属する組合員であること、原告主張の日時に原告が本件権利停止処分を受けたことは当事者間に争いがない。
ところで、確認の訴は、現在の法律関係の存否を対象として許されるものであるところ、原告の主位的請求第一項は、原告に対し昭和四三年八月二日になされた本件権利停止処分という過去の法律行為の無効確認を求めるものであることが明らかであるから不適法というべきである。なお、右請求の趣旨を本件権利停止処分の無効を前提として現在における被告の組合員としての権利関係(換言すれば、権利停止処分を受けなかつた者と全く同様な何らの瑕疵のない組合員としての地位)の確認を求めるものと解しても、原告が、現在、被告に所属する組合員として完全な権利を有していることは、被告において争わないところであるから確認の利益は存しないというべきである。
原告は、将来原告において同種の行為をしたときは本件以上の重い不利益処分が加えられるおそれが多大であり、このようなおそれを排除するための有効適切な手段は、無効確認の訴を求める外はないことを理由として確認の利益を肯定すべしと主張するけれども、原告主張のようなおそれが大であるというだけでは、未だ原告の現在の組合員たる地位に直接法律的な影響を及ぼしているとみることはできないから、右のようなおそれの存することを理由としては確認の利益を肯定することはできないと考える。
つぎに、原告の予備的請求は、その文言上よりすれば権利停止処分不存在確認の訴と解されるが、原告が権利停止処分を受けたことが当事者間に争がない本件においては、右のような過去の事実の不存在確認を求めることはもとより許されないところである。しかし、右請求の真意は弁論の趣旨によれば、本件権利停止処分の無効を前提として現在における被告の組合員としての権利関係の確認を求めるものであるとも解される。そして、右のような確認の訴につき確認の利益の存しないことは先に述べたとおりである。
以上のとおりであるから、原告の本件確認の訴は、いずれも不適法として却下を免れない。
二、慰藉料の請求について
(一) 被告は、王子製紙株式会社春日井工場の従業員により組織されている労働組合であり、原告は昭和三七年四月一〇日から被告の組合員となつたこと、原告主張のとおり被告は原告に対し昭和四三年八月二日より昭和四四年二月一日までの間、本件権利停止処分を行なつたこと、右処分理由は原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(二) そこで本件権利停止処分が適法であるか否かについて判断する。
1 被告の組合綱領、規約および昭和四二年、昭和四三年度の各運動方針中には、いずれも被告主張のとおりで、要するに被告の労働組合としての基本的立場は左翼階級斗争至上主義に断固対決し、特にその政治活動については議会民主主義に立つて選挙活動を重視し、国会議員および地方議会議員の選挙に際しては民社党に所属する候補者もしくは被告の組合運動に理解と協力を示す者を支持することが明確に打ち出されていること、ところで原告は、昭和四二年三月ごろより昭和四三年六月ごろまでの間、共産党員であると自称して、その職場の内外において多数の被告の組合員に対し、共産党機関紙アカハタの配布および購読勧誘をなして、共産党運動職組に同調することを勧誘する積極的活動をなし、また、昭和四二年四月施行の春日井市市会議員選挙に際し、被告が前記運動方針に基づき推せん決定した候補者に反対し、昭和四三年七月施行の参議院議員選挙においても被告が同様推せん決定した地方区および全国区の候補者に反対し、いずれの場合も共産党公認で、王労の推せんする候補者のために職場の内外において、被告の組合員多数に対し、投票依頼をして選挙運動を推進したことは当事者間に争いがない。
被告は「原告は昭和四三年七月二六日職場会の席上組合役員の選挙に立候補する意思を表明したとき王労のためにも立候補する旨発言した」と主張し、<証拠>の記載には右主張に副う部分が存するけれども、右各証拠は<証拠>と対比したやすく信用し難く、他に被告の右主張を維持するに足りる証拠は存しない。
却つて、<証拠>によれば、原告はそのとき「王労の人が原告に投票してくれということを言つているがおかしいではないか」と質問されたのに対し、具体的な職場の労働条件に関する問題に言及し「王労の人も、ぼくが出ることによつて、具体的利益を得ることがあるから応援したんでしよう。」と答えたこと、その直後に職長の松浦が「それでは王労のためにも立候補することになるのか。」と問うのに対し、原告は結果的にみればそうなることもあろうとの趣旨でこれを肯定したにすぎないことが認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
2 ところで、労働組合は前述のとおり、憲法第二八条による団結権保障の効果としてその組合員に対し、その目的を達成するために必要であり、かつ合理的な範囲内において統制権を有する。また、労働組合は、組合員の経済的地位の向上をはかるため、その目的達成に必要な政治活動をなし得ることはいうまでもなく、この見地からして、特定の政党を支持しあるいは国会及び地方議会の議員選挙に際し特定の立候補者の推せん決議をするなどの政治活動もなし得ることは当然である。
この場合において、もし右のような組合の政党支持の方針ないし推せん決議等に反する行動をとる組合員がいたとき、これらの者に前記統制権を及ぼし得るかというに、政党支持あるいは選挙における候補者の支持選択は、本来的には、組合員の市民的自由、権利の領域の問題であり、憲法で保障されている思想信条に基づいて自らの責任において決すべきことがらであるから、前記統制権も組合員の有するかかる市民的自由、権利を侵害することは許されないものというべきである。この見地からして統制権も一定の制約を受くることを余儀なくされる結果、統制権の行使は、勧告又は説得の範囲にとどまるものと解するのが相当であり、右範囲をこえて懲戒処分に付することは、統制権の限界をこえるものとして違法というべきである。但し、一企業内に二組合が併存し、両組合がそれぞれ支持政党を異にし、推せん議員を異にしているような場合に、ことさらに他組合と意思を通じ、自組合の団結、秩序をおびやかす意図の下に、自組合の政党支持の方針等に反する行動に出た者ある場合は、かような者のなす政治活動は、その行為自体の団結破壊的性質からして、これに対し懲戒処分をなし得べきことは言うまでもあるまい。
3 これを本件についてみれば、先に認定した原告の言動中被告の組合員に対するアカハタの配布及び購読勧誘をなした行為及び共産党公認の参議院全国区候補者のため選挙運動をした行為は、本来的には、原告の有する市民的自由、権利に属することがらであることは先に述べたとおりであるから、これに対し被告が勧告、説得の範囲をこえ懲戒処分を行うことは、その統制権の限界をこえるものとして違法というべきである。
この場合、被告の政治活動についてどのような決議がなされていようとも、右決議は右市民的自由、権利を侵す限りにおいて、組合員を拘束する効力は存しないから、右決議違反を理由として懲戒処分をなすことも、もとより許されないと解すべきである。
そして先に認定した原告の昭和四三年七月二六日の職場会の発言内容は、誤解を招くおそれが全くないとは言えないとしても、発言内容自体から直ちに統制をみだす行為と目することはできない。
そして、原告の以上の言動を通じてみて、原告が王労と意思を通じ、被告の団結秩序をことさらにおびやかす意図を有していたと認むべき確証は存しない。
してみれば本件権利停止処分は、結局違法であるというべきである。
(三) 原告は本件権利停止処分により昭和四三年八月の組合執行委員の選挙において被選挙権を、昭和四三年九月の資格審査委員の選挙において選挙権、被選挙権を、そして職場会において発言権を喪失したことは当事者間に争いがなく、原告はこれにより団結権を侵害され相当の精神的苦痛を蒙つたであろうことは容易に推認できる。
そして被告が、その真相を十分究明することなく統制権の限界をこえて本件権利停止処分をなしたことについては、過失の責は免れない。(原告は原告が執行委員選挙において、その当選が確実であり、右当選をおそれてこれを妨害するために被告は本件権利停止処分をなしたと主張するけれども、右主張を認めるに足りる証拠は何ら存しない。)
従つて、原告は被告に対し慰藉料請求権を有するわけであるが、先に認定したとおり、原告は被告の組合員に対し同一事業所内に併存する他組合(王労)の支持する政党の機関紙を配布し、その購読を勧誘し、王労の推せんする参議院立候補者に対する投票依頼の選挙運動をなしたのであるから、それが原告自らの市民的自由、権利に基づきなされるものであつても、王労と支持政党を異にし、対立関係にある被告としては職場会における原告の前記発言とあいまつて原告を「王労の同調者」「利敵行為者」と考えたとしても無理からぬ事情の存すること、このような場合において、原告のとるべき措置としては、あらかじめ自己の所信を明確に宣明し、王労とは全く無関係であることを言明してから、行動に出るべきであり、この点において、原告にも軽卒な点がないとは言えないこと及び職場会における発言も、誤解を招くおそれがないとは言えないこと等の諸事情を勘案すれば、慰藉料の額は金一万円を以つて相当と考える。
三、よつて原告の請求のうち確認の訴を求める部分(主位的請求第一項の請求および予備的請求)はいずれも不適法であるからこれを却下すべきものとし、主位的請求第二項の請求は右認定の範囲において理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(松本武 角田清 北島佐一郎)